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2004-05-16 エロ漫画と俺
_ 序文
エロ漫画と俺。それは、俺が死んでもエロ漫画は死なないが、エロ漫画が死ぬと俺は死ぬかも知れない、そう云う関係。
エロ漫画は数多の試練を潜り抜けてきた。俺が実体験している範囲では、先ず白夜書房が現われる。当時、ホットミルクやパンプキンなどで良い作家を生み出していた。当時のエロ漫画はそこそこの修正で、というより作家側にも照れが多く残っており、「元々修正要らない絵」という類いのものも多かった。しかし徐々に内容はエスカレートしていく。
大学生になった頃、暇を持て余しているPTAがその内容にケチを付け始めた。有害図書だのなんだの。まぁ、気持ちはわからんでもない。当時は青年コミックにまで規制は及び、結果として「全ページ検閲でアウト」や「ホワイトべた塗り、更には白い紙貼り付け修正」などえらいことになった。ここまで来ると、前貼り付けてAVをやるようなもんである。結果的に「成年コミック」という不思議な黄色いマークを付けることで話は収まった。というか、PTAが飽きた。取り敢えず勝ったし。
ここからエロ漫画界の大反撃が始まる。「成年コミック」って付いてるんだったらなにやってもいい。だって成年しか買わないんだもーん。はっきり云おう。今の成年コミックは無法地帯だ。内容はクレイジー、描写はリアル、倫理観ゼロ。痛快である。途中で、児童ポルノ云々だとか、逮捕者が出たりとかしたが、「それが何?」ってな感じ。更には、青年漫画も昔のエロ漫画レベルまで修正が薄くなり、漫画界は「絵」であることを盾に大暴走を続けて居る。すがすがしい。
では、作家別に見ていこう。おっさんと云うな。しかし、最近の作家は少し薄味な人が多いのも事実。エロ漫画文化の成熟に拠るものだけれど。
_ しのざき嶺
俺にとっての神。まず彼に注目したのは「もうだれも愛せない」。連載当時は前述した冬の時代。修正の激しかった時期だ。そこで彼が繰り出してきたのは「少年」を主人公にしたエロ漫画だ。少年が姉に嬲られ、薬品によって女になっていく、というのが主な筋。秀逸なのは修正を考慮した構図だ。実に良くできている。内容も実にエロ。この分野の先鞭となった作品と云えるだろう。
他にも快楽の奴隷になって行く様を緻密に描写したり、薬漬けのヤバイ世界を描いた「Injection」やアナル+スカトロ尽くしの「Behind」など、傑作が多い。
俺が一番好きなのは「理想の恋愛」で、その駄目度が最高だ。
_ 摩訶不思議
この人はある意味で唯一の「エロ」「漫画家」かも知れない。エロ漫画は書き下しでもない限り雑誌連載になり、その場合一話に必ずエロをぶち込むことを余儀なくされる。たいていの作家は、回ごとにエロの濃淡が出たり、話を無視してしまったり、マンネリに陥ったりする。この人は「マンネリ」を逆手に取った。「マンネリ」でも構成次第で漫画は面白くなる。毎回同じような感じでもその裏で微妙に話を進行させることで、拮抗が崩れる緊張を表現できるのだ。云うなれば「戦隊もの」の手法だ。
代表作として「猫じゃ猫じゃ」「雛迷宮」あたりを上げておこう。また、この人はシチュエーションも幅広く押えている。シンプルな絵柄だが、エロ度は抜群だ。
2004-01-25 恋愛ウオッチ in キングゲイナー
_ Disc.1
DVDのDisc単位で語っていこうと思う。
まず第一話を見て分かる通りサラにとってゲイナーはただのクラスメイトだ。クラスメイトと云うと少し聞こえが良いがつまり同級生。それ以外の繋がりはない。ゲイナーの一方的な片想いである。
第二話でサラはゲイナーに助けられることになるが、この時点でもそれは変わらない。それどころか、「情けない人」と憐れみにも似た言葉をゲイナーに投げつける。
一方でゲインはゲイナーの秘めたる能力と強さを見抜いていたと云える。オーバーマンを彼に預け、執拗に挑発する。ゲイナーをただの頼りない引き籠もり気味の少年として見ているサラとは対照的だ。
_ Disc.2
第三話
エクソダスの過程を経て二人の関係にも少しずつ変化が現われ始める。しかし、サラはまだゲイナーの力をキングゲイナーの力そのものとしか見ていない。自分ならばもっとうまく操れる、と考えている節が見て取れる。
ラッシュロッドとの戦いを通して、サラはゲイナーをただの臆病者、という認識を改めることになる。そしてゲイナーの過去、心の傷を知り、それでも戦う姿勢を見せる彼を見て、ゲイナーの事を何も知らない自分に気付く。ここで初めて、共に戦う仲間としてゲイナーを認識するのだ。
第四話
ラッシュロッドとの一騎打ち。サラが初めてゲイナーを褒める。少しずつ彼の力を認め始めているということか。
まぁご褒美については話の展開上の事なのでノーカウントとすべきだろう。
第五話
特に無し。ゲインのゲイナーに対する期待と信頼を窺うことはできる。
_ Disc.3
第七話
仲間としての信頼とチームワークの深まりを感じることができる。ベローを励ますサラを見て「男殺しになるのかな」とはゲインの弁だが、この後の話を見て分かる通り、ゲインは意外と女運が悪く見る目も実は無い。この見解も当然のように大外れだった。
第八話
特に絡み無し。ゲインとゲイナーのコンビの醸成が際立つ。
_ Disc.4
第九話
ゲイナーの戦闘能力の成長を褒める一方で、彼の社会性の成長の無さを指摘するサラ。彼に色々な面での成長を期待する気持の現われだろう。仲間から友人へと微妙な変化を遂げている。
第十話
中盤でのターニングポイント。今までサラはゲイナーの戦闘能力をキングゲイナーのポテンシャルに拠るものと考えていた。キングゲイナーを操作する機会を得たサラはそれを実証しようとするかのように戦いに向かう。しかし、逆にゲイナーの能力を痛感することになる。そして、コックピットの中というゲイナーに最も近い場所で彼の戦いに触れ、思わず感嘆の声を漏らすのだった。
第十一話
特にないが、ゲイナーへの信頼が深まったからか、コンビネーションがよりスムーズになっている。
_ Disc.5
第十二話、第十三話
あまり絡みはない。しかし、ラストでゲイナーの前で無防備に泣くサラは、二人の関係が親友へと深まったことを示唆している。
第十四話
シンシアの存在をサラが知る。つい無関係を装って冷たくゲイナーにあたってしまうサラだが、これは明らかに不自然で、寧ろシンシアの存在が非常に気になっている。
後半で、身近な人間の死の臭いを感じ取り狼狽えるゲイナーにサラは「意気地無し」と叫ぶ。この言葉は第二話における憐憫とは対照的で、叱咤、そして激励に似た語調である。ここからも二人の関係の深まりを感じることが出来るだろう。
_ Disc.6
第十五話
Disc.6は濃い。シンシアとのデートを盗み聞きしたアデットがサラに同行をけしかけるが、これはサラが密かにゲイナーに対して興味を持っていることをアデットが気付いていたからだろう。ゲイナーの尾行を通して、彼女を動かしている感情が、ゲイナーに対する興味─彼のことを知りたい、という気持ちと、自分のことを想っていたゲイナーに別の女友達が居たことに対する嫉妬のような感情に支配されていることが分かる。そして彼女自身、それに対して全く自覚的でないことも。だから、ゲイナーに何故此処にいるのかを聞かれて答えに窮してしまうのだ。そのモヤモヤした感情に振り回された事に対する苛立ちか、後半ではゲイナーに少しきつくあたってしまう。
第十七話
さあ来た。ここが二人の関係の折り返しポイントだ。
本心が聞こえるというオーバースキルによってゲイナーの邪まな声を聞いたサラは怒ってつっかかる。しかしゲイナーにその状況を気付かされ、彼女はゲイナーの手を握る。他人を信頼する、という行為はサラにとっては重いものだ。それは彼女の生い立ちから図り知ることが出来るだろう。さりげないシーンだが重要だ。
そしてガウリがゲイナーの両親の死に関わったという疑惑をサラは追求する。以前の興味、という好奇心とは違い、ゲイナーにとって重要なことだから、という純粋な気持の発露だ。
一方でゲイナーは心の声を読む敵に対して、サラへの気持をぶちまけるという行動に出る。この心の叫びはヤーパンのユニット中に響き渡る。
その一部始終を聞く破目になったサラは帰還したゲイナーに激しく突っ掛かるが、その顔は赤面し、いつもの冷静さは欠片もない。ゲインはゲイナーの持つ「熱さ」を初めから感じ取っていたわけだが、サラはそれにモロにあてられて、完全に動揺している。この「揺れ」は、サラの中で密かに育っていた気持と共振し、彼女を自覚的な行動へと駆り立てていくことになる。
_ Disc.7
第十八話
ガウリがゲイナーの両親の死に関わっていたことが明らかになる。そのガウリを救出することになったゲイナーを慰めるサラ。無防備な感情を晒すゲイナーとそれを包容するサラ、そんな二人の交感は愛情の遣り取りへと深みを増していく。
第十九話
特にないが、アデットの「偽ゲイナー」という言葉に「偽キングゲイナーです」という突っ込みを入れるサラが興味深い。
第二十話
「デート気分」のサラ。もう何も云うまい。二人の恋愛もチェックメイト寸前。シンシアとの戦闘によって痛手を負ったゲイナー、そしてキングゲイナーの秘められた能力に畏怖を覚え揺れ動くゲイナーを見て、援護ではなく、心の支えとなろうと決意するサラ。
_ 小休止
一気に書きすぎて書き漏らしたことも多い。後で纏めて修正するとしよう。続きは後日。
2003-12-08 キングゲイナー
_ 敗北
このblogは本編の日記で下劣丸出しな自分に対して少なからずのフォローを行うため、高尚な内容をメインにするつもりだった。しかし、この項目のお陰で水泡に帰す。ガッデム。まあ、自分の主たる暗黒面、少女漫画やらエロ漫画やらが俎上に昇ることは時間の問題だったと思われるので無駄な努力であったと云えよう。
では、まず登場人物に関して述べながら、その魅力を語っていこう。
_ ゲイナー
主人公。この物語はゲイナーの成長を主軸に据えている。同時にこの作品が持つ魅力は彼を中心とした人間関係の成長の面白さにある。巻き込まれ型主人公にありがちな、少しナイーブな性格を持ち合わせてはいるのだが、鬱陶しく苦悩することは無いし、寧ろ前向きな性格であるところが面白い。ゲインから刺激を受けながら現状を打破していく姿は、見た目以上に積極的に映る。
更に、この成長物語は彼の成長という主旋律と、共に奏でられる二つの副旋律のハーモニーで構成されている。
_ ゲイン
ゲイナーをエクソダスへと巻き込み、厳しく接しながらも彼に生き抜く力を吹き込んでいく、いわば師匠役。初めは親子のような関係が、兄弟のような信頼感へと収斂していく。これが、一つめの副旋律だ。
_ サラ
自分が異性に愛されやすい事を自覚しているヒロイン。それは、孤児であるという境遇が、彼女に自らの武器を自覚することを余儀なくさせたことが背景にある。
ゲインがゲイナーを育てる側だとしたら、サラは成長していくゲイナーに次第に惹かれていく側だ。ゲイナーを励ます彼女の声に少しずつ愛情が灯っていくさまは、恋愛ウオッチャーとしては胸が高鳴る光景だ。二つ目の副旋律である。
_ シンシア
メインキャラの中では最も遅く登場する彼女だが、実は彼女を含め主要な役者は1,2話の時点で全て紹介されている。彼女の存在は云うなれば通奏低音である。
サラがゲイナーに惹かれる立場、つまり恋人役であるとしたら彼女は親友の役である。顔は出さないが、ゲイナーの心の支柱として初回から存在し、後半には逆にゲイナーとサラが彼女の支えとなる逆転の構図が面白い。
_ アナ
実は最も大人なキャラ。まとめ役をこんなガキにやらせるところがイカレているし、イカしてる。
_ アデット
この作品には登場人物の家族が殆ど登場しない。彼女には家族がいるらしいのだが、それも登場しない。代わりに、彼女はこの作品の登場人物たちが徐々に家族のような結束で繋がっていくことを示していく。ゲイナーと家族であることを確認する16話などは最たる例だ。家族を失った者たちが次第に新しい家族を築き上げていく。それが、キングゲイナーを包み込む大きなテーマだ。
2003-10-28 大友良英
_ [Music] 大友良英
正直に云おう。私は当初、彼の出す音が苦手だった。そこからのめり込むのに三年の月日を要した。
GROUND ZEROを初めて聞いたとき、けたたましいスクラッチと改造ギターの神経質な咆哮に驚きつつも、その音の壁に完全に拒絶されている感じを覚えた。良くも悪くも衝撃的だったのだ。整合性と逆撫で、混沌とやかましさ。
それでも気になり続ける存在であったのだが、「革命京劇」が遂に発表される。これにはやられた。圧倒的な「情報量」を持つ音楽。情報と混沌を巧みに織り混ぜる手法だ。この作品から加速度的に彼の産み出す音楽に吸い寄せられていく。
「Panorama Paradise」。NOVO TONOという個性派集団の中においても、彼の音は屹立していた。いつもの苛烈極まる音と共に、「夢の半周」では美しいギターも弾いている。
「女人。四十」。初めて聞いた彼の映画音楽。メインテーマの美しさ、そしてリフレイン。いろいろな音で奏でられる旋律の妙なる響き。
そして、とどめが訪れる。
ONJQの「Live」、そしてサントラ「Blue」。この二枚は筆舌に尽くしがたい傑作だ。前者は緊張感に溢れた壮絶なライブ盤。乖離と邂逅が絶妙の時間軸で配され、一曲あたり十数分を一気に飲み干す。最後の「eureka」は強烈だ。ジム・オルークの美しい原曲のメロディを延々と繰り返す。しかし、そこにミニマルな感覚は微塵もない。どこまでも発散し、最後の瞬間にフィードバックノイズに帰するさまは「トランス」という言葉では表しきれない。クラブミュージックやファンクで得られる昂揚感を、フリージャズというフォーマットで作り上げたのだ。次の「Blue」は反対に、美しく穏やかな音像だ。狂おしいほどに無邪気で牧歌的だ。とにかく、美しいの一言。遠くで奏でられる音楽を眠りながら聞いているかのような、至福の世界。
今や、彼は私の最も注目する音楽家のひとりだ。第一印象と比べると、これこそ夢のようだ。
2003-10-18 絵本
_ [Book] エドワード・ゴーリー「ウエスト・ウイング」「どんどん変に…」
本屋で気になっていた本。「華々しき鼻血」など、なんじゃぁこりゃあ、なタイトルの絵本。ふらーと閲覧した「ウエスト・ウイング」で頭をぶん殴られました。独特の暗いタッチの線画と、日常的な風景を少し外した絵。何の説明もなく、何の筋もない。しかし人は意図の分からないモノを見るとそこに何かを見つけてしまう。何もないところに。
ある絵ではカーペットが描かれている。奥には階段。ある絵では扉が。その奥の廊下越しにもう一つの半開きの扉。何もない絵だ。あるのは、「ウエスト・ウイング(西棟)」というタイトル。たったこれだけの種が、私の頭で発芽する。何と滋養に溢れた絵だろう。
「どんどん変に…」は、彼のインタビュー集。まだ読んでいないが、彼の残した作品を眺めながら。読み進めていこうと思う
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