
まずは私の絵の変遷をここで振り返ってみる。つまりは言い訳である。
図工「2」の男が中学生の時に描いた絵が下のブツ。1987年だと思う。
こんなんじゃ世界を創れない、と絶望感に打ち拉がれた私は絵の修練を始めた。

ちなみにこの画像は1989年頃にトレースしたもの。あまりの酷さに、「これに比べりゃ上手くなった」と実感できる。
何せ、八画。下手な漢字より少ない。象形文字の一種だと考えて頂きたい。これを産み出した文化は確実に滅ぶだろう。
次は、W-WORLDの資料集から。これも酷い。当時の知り合いから「お前、はっきりいって絵が下手だな」と断言された。確かに酷い。1988年頃だろう
か。
もう少しましな絵もあったのだが、なんか鎧などのデザインがこっぱずかしいので。
で、徐々に上達。同じく1988年頃か。まあ、ましかな。ただ、これを描くためにとんでもなく時間がかかっている。
V-WORLDの絵。当時はファンタジー系の絵ばっかりだった。絵を見て分かる通り、この時の筆名は「VEALYA」。何故、そんな名前にしたのかは全く
覚えていない。中学生〜高校生初期まで使っていた記憶がある。この辺のくだりは別項で。
高校生の時の絵。1990年。当時の絵の師匠に「上手くなったなあー」と感慨深く褒められた一品。まあ、初期を知っているものほど、無駄に感動できるのだ
ろう。

当時の他の絵と比べるとぶっちぎりで良く描けている。特に舞台を設定せずになりゆきで描いた絵で、それが逆に良く働いたのかも知れない。どっちにしろ奇跡
だ。
こちらは大学生前期の時。1994年。元最終兵器とのお絵書き対決の時の絵。相当、時間をかけて丁寧に描いた覚えがある。
人に見せることを前提にした数少ない絵。
こちらもお絵書き対決から。細かいところに才能の限界を感じるが、それなりに描けている。
思い描いた絵を実現出来るようになった手応えはあった。が、もっと男を描きたいとも思った一枚。

ここから、R-WORLDの関連物。
大学生前期。1993年。とにかく絵柄は不安定で、ころころ変わっていた。もっと等身の高い絵の時もあるのだが、なかなか安定しない。

モデルは井坂綾美。
大学後期。1995年。ちょっとデザインっぽくした作品。かなり無理している。
この絵はオリジナルの数ヵ月後に描き直したもの。定期的にスランプが訪れるので良くあることだ。
多人数ジャンプショット、という数年越しの夢を具現化した絵。1995年。
それを実現するために等身を低めにして描いたらそれなりにうまくいった。絵の中にある通り、「TRPG」の結成三周日を記念した写真、という設定。
コマ割りを意識して描いた。1995年。

あー、頑張って良かったなー、と思える一枚。せめてこのレベルが安定して描ければいいのだが。
しかし、妙に媚びた絵柄になっているのが難点。まあ、描いてしまったものは仕方がない。
大学卒業直前か。1997年。殴り書きの割りには良く描けている。
もっとさらっと描ければなあーと思う毎日である。
